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今日は何読もう。何観よう。

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【映画】-19 『沈黙-サイレンス-』 信仰について改めて考える

※この記事は、映画の内容について若干のネタバレを含みます。ネタバレを好まない方は映画を見た後お読みください。

 

スコセッシ監督の『沈黙-サイレンス-』を見てきました。

遠藤周作さんの原作も好きですが、映画も素晴らしかったです。

chinmoku.jp

17世紀、江戸初期。幕府による激しいキリシタン弾圧下の長崎。日本で捕えられ棄教 (信仰を捨てる事)したとされる高名な宣教師フェレイラを追い、弟子のロドリゴとガルペは 日本人キチジローの手引きでマカオから長崎へと潜入する。

日本にたどりついた彼らは想像を絶する光景に驚愕しつつも、その中で弾圧を逃れた“隠れキリシタン”と呼ばれる日本人らと出会う。それも束の間、幕府の取締りは厳しさを増し、キチジローの裏切りにより遂にロドリゴらも囚われの身に。頑ななロドリゴに対し、長崎奉行井上筑後守は「お前のせいでキリシタンどもが苦しむのだ」と棄教を迫る。そして次々と犠牲になる人々―

守るべきは大いなる信念か、目の前の弱々しい命か。心に迷いが生じた事でわかった、強いと疑わなかった自分自身の弱さ。追い詰められた彼の決断とは―

出典:公式HP

 

なぜ苦痛がもたらされるのか?信仰を何のために守るのか?弱いことは悪なのか?

様々な答えのない問いを投げかけてくる作品です。

 

1.「宗教」=「文化」

そもそも、当時の日本ではなぜキリスト教信仰が禁止されていたのでしょうか?

 キリスト教弾圧と言えば、ローマ帝国のネロ帝を思い出します。

ローマ帝国によるキリスト教徒の迫害 - 聖書と歴史の学習館

ローマと江戸。時代は違えど、弾圧の大まかな理由は同じではないかと思います。

それは、「宗教=文化」であり、既存の文化を、ひいては文化を前提とした権力体制の維持のため、新たな価値観を排除する必要があったから、です。

 

oshiete.goo.ne.jp

本作では、特に、井上筑後守ロドリゴ神父が対話するシーンが印象的です。

領主たる井上は、ロドリゴに日本におけるキリスト教の位置づけについて語るシーンがあります。

もちろん、領主の口から権威の維持ということが直接的に説明されることはありませんが、「日本人の信じるキリスト教は君たちの思うものとは違う」と語る井上の好々爺然とした表情の裏には、開国後、列強に食い物にされつつある日本の為政者として既存の権力構造を守る意図が見え隠れします。

 

ところで、この日本人が信じるキリスト教については、「日本は沼だ。」フェレイラ師「日本人にキリスト教は理解できない。」というセリフがあります。

これは、キリスト教のデウスを絶対神・創造主と仰ぐ一神教」的世界観が、もともと自然すべてを信仰し八百万の神という多神教」的な思想が根強い日本ではうまく認識されなかったことを表現しています。

作中でも、フェレイラから「デウス=大日(太陽)」という誤解があるとの指摘もあり、この前提となる宗教的な価値観の違いが様々な対立のきっかけ担っているのではないでしょうか。

私は決して宗教学的なものや当時の歴史観に詳しいわけではないので、非常に興味深い別記事をご紹介しておきます。

www.france10.tv

 

2.宗教の必要性

先日も某若手女優さんが出家されましたね。

日本で最も信仰者の多い仏教は、形骸化が進んでいると言われ、以前の地位の復活を目指して新たな試みがいくつも始まっています。

news.nicovideo.jp

科学が世界を取り巻く以前の宗教は、「説明困難な事象」に説得的な説明を与えるための考え方でした。

病気や災害、あらゆる困難な事象が人間を取り巻くものの、多くは当時の世界では解明・解決されていないものでした。そこに宗教は、各思想にのっとり一貫した考え方を提供することで、「わからないということへの恐怖」を取り払う役目を担っていたのです。

現在では、科学が発達し、自然現象の多くは発生原因が論理的に説明されるようになりました。

宗教が担っていた「表現装置」としての役割は科学に取って代わられたのです。

結果として、現代の宗教が担う役割の大部分が、科学では表現しきれない部分、特に、死後の世界観にいったん集約されました。

 

一方で、宗教は現世での苦難に対する避難所的な役割を果たしているとも思います。

科学が席巻する世界・資本主義の社会では、ますます便利になっていくものの、息苦しさがまとわりついてくる感覚に苦しむ人たちが多くいます。

その反動として、別の価値観としての答えを求めて宗教家に悩みを聞いてもらう場というのも新たに生まれています。

vowz-bar.com

図らずも仏教の話題ばかりになりましたが、この「避難所」としての役割は、どの宗教でも変わらないでしょう。

やはり、人間には、ある程度の抽象性や創造性が必要であり、その役割を宗教は担っていくのだと思います。

 

3.日本人俳優も豪華、そして…

 

映画自体は、ハリウッド製作ですが日本人のキャストもかなり豪華です。

・キチジロー:窪塚洋介

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出典:公式HP

・通辞:浅野忠信

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出典:公式HP

・モニカ:小松奈々

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出典:公式HP

・ジュアン:加瀬亮

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出典:公式HP

おお、窪塚洋介が出てる…!あと、小松奈々ってハリウッドで知られてるのか!?とか色々考えるキャストですがそれより…

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出典:公式HP

本作メインの語り部であるロドリコ神父とともに日本に降り立つガルペ神父(アダム・ドライヴァー)です。なんかどっかで見たことあるなこの人…

johnie.hatenablog.com

カイロ・レンだ!!!(スターウォーズ7をまだ見ていない方すみません。)

スターウォーズではなかなかの腑抜けでしたが、本作では死地に飛び込む殉教者。

ロドリコ神父と比べると、若干心の弱さを見せますが…。

アダム・ドライヴァーさんは、スターウォーズでブレークしたようです。

 

4.まとめ:人はなぜ神を信じるのか?

私はそこまで信仰心があるわけではありませんが、お墓参りもしますし神頼みもします。

誰にでもある程度の信仰心はあると思います。

「神を信仰する」理由は、各人によって様々かもしれません。

私も「神の存在を信じるか?」と問われると悩ましいですし、作中のように信仰によって困難を受けるのであればすぐに信仰を捨てるでしょう。

私としては、「現世の説明困難な事象(苦難)に対する回答」を宗教(神)に求めるのであり、その宗教の信仰により苦難が降りかかるのであれば、本末転倒だと思います。

そういった意味で、隠れキリシタンの人々の強烈な信仰心は、非常に鮮烈に記憶に残りました。

 

※補足

非常に興味深かったのが、映画の全編を通して、ほぼ音楽な流れないことでした。

これはエンドロールまでそうで、その代わりを果たしたのが波の音や虫の声など自然の効果音です。そして、重要なシーンでは完全な沈黙が支配します。

まさに、タイトル通りであり感動しました。

 

沈黙 (新潮文庫)

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神は妄想である―宗教との決別

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