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【映画】-6 『ジャングルブック』 ディズニー的ダイバーシティ映画

※この記事は、映画の内容について若干のネタバレを含みます。ネタバレを好まない方は映画を見た後お読みください。

最近よく映画を見に行くんですが、感想を書くのが追い付いてません。

そもそも読んだ本の中からピックアップしたり気になったことについてもっと広く書くつもりなのに…映画感想ブログと化しつつある…

さておき、『ジャングルブック』見てきました。

www.disney.co.jp

主人公などの人間以外はすべてCGなんだとか。すごい技術です。

ディズニー的種族の調和

オオカミに拾われた人間の子モーグリが主人公。オオカミ達にジャングルの掟を教わりジャングルの住人として生きていきます。

ジャングルは弱肉強食。しかし、そんな乾季になり水飲み場が表れている間は休戦します。肉食獣も草食獣も一様に水飲み場でのどを潤すのです。

トラのシア・カーンはモーグリの命を狙います。人間はジャングルに破滅をもたらすと信じ、また人間を憎んでいるのです。それを育て親であるアキーラ率いるオオカミや後見人のバギーラ(黒ヒョウ)は守ろうとします。

掟では、人間を養うことなど言語道断なのです。しかしそれでも彼らはモーグリを守ります。

種族は違うがモーグリはジャングルの仲間であるというのです。

モーグリは見た目は人間です。しかし、ジャングルで育ってきました。

アイデンティティを形成するのは、見た目でも血縁でもなければ、「育ってきた環境/習慣」なのだということを示唆しています。

同調ではなく相互補完による共存

多様な種族がともに暮らす共同体では、往々にしてマイノリティはマジョリティの習慣や思考への同調を強いられます。モーグリも「人間」という種族でありながら、「ジャングル」で生活することになったことで、動物たちの生き方を求められます。

オオカミのように地を駆けることを求められたり、道具を用いることは「ズル」として禁止されたり…

ですが、モーグリの人間らしい生き方が、時に動物たちを助けることで、「モーグリらしさ」として受け入れられます。

「同じである」ことを強いるのではなく、「自分らしさ」を生かして共存していくことが大事であることを教えてくれます。

まとめ

ディズニーでは、ダイバーシティのメッセージがよくあるように思います。先日のズートピアもそんな感じですよね(見てないけど)。

やはり、アメリカという様々な人種がそれぞれの文化を持ちながら生活している国で生まれていることに理由があるんでしょうか?

そして、「家族観」も日本とは異なります。家制度が廃止された現代の日本は随分と父権主義は希薄化しています。

オオカミのアキーラ(偉大な父)を頂点とする家族は、アメリカの典型的な家族なのではないでしょうか?

ディズニーとジブリを文化的な部分で比較してみると面白いかもしれません。