最後にこれだけは言わせて欲しい

ダラダラ出来なくなった金融マンの遺言

読書案内:おすすめの経済小説/金融小説

読書が趣味で、金融業界に身を投じたのも本から影響を受けたことが理由の自分としては、今後の就職や転職を考えている方、もしくは純粋に面白い経済小説を読みたい方に「この経済小説を読んでほしい」という本をご紹介したいと思います。

 

ハゲタカ

新装版 ハゲタカ(上) (講談社文庫)

新装版 ハゲタカ(上) (講談社文庫)

 

 真山仁の代表作です。

 バイアウトファンド代表の鷲津を主人公とするシリーズです。

"ハゲタカ"と揶揄されるバイアウトファンドの仕事の実体や「本当の意味で社会や会社の利益になることは何か?」などテーマがとても興味深いです。

作者は元記者であり、それぞれの作品は業界の人々へのヒアリングから緻密に構成されています。

特に、東芝の問題のほか、近年現実でもファンドが影響力を増しているので彼らの仕事の一端でも知るために本作を読んでみてはいかがでしょうか?

 

巨大投資銀行(バルジブラケット)

巨大投資銀行(上)

巨大投資銀行(上)

 

元銀行員の黒木亮作品。

日系都市銀行から外資投資銀行に転職した桂木視点で、外資投資銀行の内情を描いています。

黒木氏の経験や実際にいた人物(有名トレーダー)を題材にしているため、リアリティがあります。

黒木作品は業務内容の描写と専門用語の解説が詳しいのが特徴です。外資系の金融機関に興味がある方は、一度手に取っていただきたいです。

 同じ作者の作品では、シンジケートローン業務にフォーカスした『トップレフト』もおすすめです。

 

スコールの夜

スコールの夜

スコールの夜

 

 財務省出身の芦崎笙作品。

都市銀行に勤務する女性キャリアの苦難・壁を描いています。

オレたちバブル入行組』等の半沢直樹シリーズは、半沢直樹という中堅層が政治闘争の末、キャリアコースから外れてもなお、反骨精神でのし上がっていくストーリーが共感を呼び人気を博したものと思います。

本作を読んでいただければわかりますが、現実はそんなにうまくいきません。

 主人公環(たまき)は、本店初の女性管理職/経営企画部所属と疑うことなきエリートです。彼女を待ち受けているのは、女性に対する偏見や経営幹部同士の派閥争いなど見えない闘いです。彼女は、都市銀行における憎悪にまみれた世界を何とか乗り切ろうとしますが、最後まで巨大組織の軋轢に板挟みにあい、心を削られます

半沢直樹の逆転ストーリーも面白いですが、リアルな世界を感じたい方には本作をおすすめします。

 

キャピタル

キャピタル

キャピタル

 

 戦略コンサル出身の作者2作品目。2作連続で芥川賞候補作になっています。

個人的にとても注目しています。

本作は、コンサルティングファームで働く僕が、1年間の休暇(サバティカル)の間に、バイアウトファンドの先輩からの依頼を受けてある女性の謎を解き明かす内容です。

登場人物は、作者の経験や周辺の人物を参考にされていることを除けば、全体のストーリーはそれほど斬新とは思えません。いわゆるトップティアの人々が描かれていますが、全く仕事の内容が描写されることがないのが特徴です。

本作の最も興味深いのは、芥川賞候補作になっている通り、その文章です。

無駄のない、とても無機質な文体です。

ストーリーには、もちろん起承転結の起伏がありますが、文体には起伏がないので、淡々と物語が進んでいくように感じます。

作者の1作目として短編集の『シェア』もおすすめです。

いずれも、作者が会社員時代に経験した、もしくは、友人から見聞きしたであろう話が骨子になっていると思うので、今後どんな作品を発表するか楽しみです。

 

不毛地帯

不毛地帯 (第1巻) (新潮文庫 (や-5-40))

不毛地帯 (第1巻) (新潮文庫 (や-5-40))

 

 山崎豊子代表作の一つです。

第2次大戦で、大本営情報参謀だった主人公壱岐が、シベリア抑留を経て商社での第2の人生を歩む物語。

シベリア抑留中の地獄のような世界と商社での第2の人生における政治闘争

全く異なる世界ですが、争いに身を投じているという意味では同じです。

本作は、唯一金融業界が登場しない作品ではありますが、軍から商社へ転職した異色の人物の人生を描いている点、山崎氏の緻密な調査に基づいた重厚な文章。

新潮文庫で数百ページ全5巻とかなり長い作品ですが、壱岐の第2の人生を体験できるのでぜひ読んでいただきたいです。

 

 

 これまで読んだ中でも、特に気に入っている5作品をご紹介しました。

真山氏、黒木氏は、このほかにも金融小説を書いていますし、他にもたくさんの作家さんがいますのでぜひ読み比べてみていただきたいです。

 

有名人の事業参入について

 

最近有名人の起業が増えてますね。

昔から、タレント・スポーツ選手は、引退後(ピークを過ぎたころ)に飲食店を開業する例はたくさんあったものと認識しています。

ここ最近話題に上がっているのは、現役の有名人が事業に携わる形です。

例えば、1番最近だと柴咲コウさんがメディア/音楽/ECなどを事業領域とするレトロワグラースを設立して話題になっています。

lestroisgraces.jp


そのほかにも思いつくだけでも、サッカー日本代表本田圭佑選手や音楽グループサカナクションの山口一郎さんなども事業に携わっています。

honda-estilo.com

nf.sakanaction.jp

 

なぜ彼らは本業の傍ら事業にチャレンジするのでしょうか?

まず有名人が起業するメリット/デメリットについて考えてみます。

そして今回のレトロワグラースのファイナンスから、有名人が行う事業を投資家として見た場合についても考えてみます。

 

 目次

 

知名度を利用できる

 有名人が事業を始めることの最も大きなメリットは、"自身の知名度を利用できること"でしょう。

ベンチャー企業にとっては、どれだけ良いサービスを作っても、知られなければ売れません。

その点では、すでに人気を得ているタレント等は格好の広告塔であり、マーケティングコストを節約しつつサービスの普及を行える可能性があります。

そもそも、有名人が事業を行うこと自体は珍しいことではなく、引退後に飲食店を始められる方や所属事務所から独立し個人で事務所を設立する方など、そもそもがサラリーマンよりも自分自身をマネジメントする=経営するという意識が強い人たちなのだと思います。

 

有名人は経営に関して素人

当たり前ですが、有名人の多くは会社の経営に携わったことのない、ましてや事業会社で働いたことがない人がほとんどでしょう。

そういった有名人たちは、経営に関して素人(経営のプロがなんなのかわかりませんが)なので、あらぬ方向に事業運営が迷走してしまうこともあり得ます。

できれば、実際の運営はより実務を理解した方々と一緒に行うべきでしょう。

一方で、最近事業を始められている方々は、決して「自分の本業とかけ離れた事業」に参入しているわけではないという印象を持っています。

本田圭介選手がサッカーのクラブチームの運営に参加したり、柴咲コウさんが音楽・メディア事業を始めるのも、全く異なる領域というよりも自身の経験してきた領域の川上や周辺に視野を広げた結果だと思います。

 

ファイナンス的に思うこと:レトロワグラースvaluation

個人的には、有名人が事業を始めること自体は「好きにすれば?」という感じです。

今回気になったのは、柴咲さんの会社がVC等から1.6億円も調達したことです。

www.nikkei.com

 女優で歌手の柴咲コウさんが設立し、最高経営責任者(CEO)を務めるIT(情報技術)関連企業のレトロワグラース(東京・港)がBダッシュベンチャーズ(同)などから約1億6000万円の資金を調達した。IT企業などの育成で実績のあるベンチャーキャピタル(VC)の支援を受け、ネットサービスや電子商取引などの事業を拡大する。

 レトロワグラースの実施した増資をBダッシュなどが引き受けた。出資比率は柴咲さんが50%超となり、残りの株式をBダッシュやゲーム制作のモブキャストなどが保有する。

 新会社は会員制の交流サイト運営や日用品・生活用品の販売、音楽事業を手掛ける。米国では女優のジェシカ・アルバさんが幼児用品の販売会社の運営で実績を上げるなど「二足のわらじ」を成功させる事例が出ており、レトロワグラースも将来的に新規株式公開(IPO)を目指すという。

出典:日経新聞

設立から1年足らずのいわばシードステージで1.62億円も調達できるイケてるサービスなの???そもそもIPOできるの??? 

じゃあ、実際誰がどのくらいの株式比率で保有してるんだというのが気になったので、検索してみると出てきました。

 ここからは、多分に推測が入りますがご容赦ください。

余裕があれば、あとから登記内容をチェックします。

今回の調達までの資本移動とvaluationを妄想してみます。

 

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2016/11は設立時の資本構成です。HP上の資本金は8,450万円となっており、今回の調達額は16,200万円となっています。HPの記載はいわゆる資本金計上額で、実際は、会社法445条1号2項の規定に基づき、2分の1は資本準備金に計上しているものと思われます。

このことから、繰越損失等を無視した絶対額の純資産は、調達後で16,900万円で、調達前の当初純資産が700万円であったと推測できます。

上記、資本政策の設立時点では、100%株主であったCEO柴崎コウさんが、700万円の出資にあたってレトロワグラース株100株(株価70,000円)で引き受けたものとしました(ここは現在未確認です。よくある数値として設立当初100株発行を想定しました)。

続いて、今回(2017/10)の調達をシリーズAとし、上記の調達後株式保有割合を用いて、①モブキャスト②アライドほか投資家の2組にどの程度の株式が割り当てられたかを想定しています。なお、株式比率は、そのまま利用すると100%を超えるため数値を丸めています。

これによって、(100株ベースとした場合)今回の調達でモブキャストに43株、その他投資家に29株の合計72株が発行されたことがわかります。ここから直近株価は22.5万円(16,200万円÷72株)、調達後時価総額は約3.9億円(22.5万円×172株)であると推測しました。

比較対象もなければ、財務状況も事業計画も知りません。ただ、設立1年足らずの会社に対するvaluationとしてpre valuで2.2億円はかなり破格ではないかと思います。

すでに知名度のある柴咲さんが始めた事業であること、ファンクラブ事業をスターダストから引き継いでいることなどを考慮しても、まだそこまでの収益は立っておらず、今後の成長に対する期待値だろうと想像できます。

気になるのは調達後の持株比率です。すでに今回の調達を経て柴咲さんの持株比率は約58%です。IPOを考えて事業を成長させていくとすると、もう1回くらいはエクイティファイナンスをする必要が出てくるのではないかと思っていますが、過半数を維持しつつ必要額を調達していけるのかとても興味深いです。

(まあ、オフィスの住所が同じだというモブキャストが実質的な経営を行っているとすると両者合わせての過半を維持できていればいいのかもしれませんが…)

 

結論:有名人であることは良くも悪くも事業に影響している。

レトロワグラースのvaluationを見ると、有名人であることは間違いなく事業の評価にも影響しています。

一方で、1人の有名人の評価や能力に依存した事業は、企業の事業継続性の観点からはネガティブです。非上場の間は、好き勝手やっても多少は問題ないでしょうが、上場を目指すのであればgoing concernという株式会社の本来的な存立前提をいかに達成するかが求められます。一般的なベンチャーでも往々にして創業者の社長や役員がキーマンになっているため、役員の動向を投資家は注視しています。ベンチャー企業は、IPOに向けて事業を継続できる組織を徐々に構築していく必要があります。

 

たとえば、糸井重里さんが社長を務めるほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)は、糸井さん依存の事業運営を改め、持続可能な会社とするために"逆説的に"上場を目指したようです。

www.nikkei.com

糸井さんは、コピーライターとしてサラリーマン時代を過ごし、売れっ子となって独立するなど、いわゆる"有名人"とは異なりますがこのIPOに対する考え方は興味深かったです。

 

それに対して、柴咲さんの会社は、「なぜIPOを目指すのか」がよくわかりません。このタイミングでVCが入っているためExitありきの事業運営になるはずです。

ただ、Exit以外でIPOを行う意義はあるのでしょうか?

もちろん他のベンチャー企業IPOの目的を「更なる資金調達し会社を成長させるため」や「企業としての信用力を高めるため」など、適当な言い訳をつけているにすぎず、究極的にはExit目的です。

レトロワグラースは、スターダストから柴崎コウファンクラブ事業を引き継ぐなど、経営者と事業の密接さが他の事業とは比べ物になりません。そうした中で、あえて上場可能なレベルにコーポレートガバナンスを整備しIPOを目指す必要性が自分には見当たりませんでした。

この事業運営者「有名人である」ということは、投資家としてはあまり歓迎できることではないように感じます。しかし、これも古い発想で、今後はこういった事例が増えてくるのかもしれません。まずは今回の動きを注視したいなと思いました。