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今日は何読もう。何観よう。

旅と読書と美味しいものと。

【映画】‐22 『ゴースト・イン・ザ・シェル』 攻殻機動隊の新たなシリーズ?

※この記事は、映画の内容について若干のネタバレを含みます。ネタバレを好まない方は映画を見た後お読みください。

攻殻機動隊の実写ハリウッド映画として上映前から注目されていた『ゴースト・イン・ザ・シェル』を見てきました。

ghostshell.jp

アニメ作品では、押井守監督が手がけたアニメ映画として『GHOST IN THE SHELL』があり本作はそのアニメ映画を下敷きとした実写映画と言えます。

1.他の『攻殻』作品群とのキャラ設定の違い

本作は、タイトルの『GHOST IN THE SHELL』を軸としつつ、アニメ『 S.A.C. 2nd GIG』の要素等も取り込んだオリジナルストーリーとなっています。

結果的に、アニメ版ともマンガとも設定が異なる部分があります。

 

まず、最初に少佐について。

主人公(スカーレットヨハンソン)は、「草薙素子」として登場せず、ミラ・キリアン少佐として登場します。

 

※アニメ版と実写版の「少佐」

実写版出典:実写映画版「攻殻機動隊」に登場する公安9課の写真がリーク|ギズモード・ジャパン

 

彼女が全身義体になった経緯は作品によって様々ですが、本作では「乗船中の難民船がテロ攻撃に遭い義体化」となっています。

たとえば、下敷きになっているであろう 『S.A.C. 2nd』では、「幼少期の航空機事故(こちらもテロによる?ミサイル直撃)の結果義体化」です。

設定以外で、特に気になったのは少佐の性格・行動です。

マンガ・アニメともに、少佐は強烈なリーダーシップと行動力で9課を束ねる絶対的存在として描かれます。実際に、『イノセンス』や『S.A.C. SSS』では少佐不在による9課の不協和が見て取れます。

しかし、本作の少佐はそれほどのリーダーシップを発揮しません。どちらかというと、自分を人間兵器として認識し仕事をこなすサイボーグという感じでリーダーというよりも1メンバーです。

 

他には、バトー(ピルウ・アスベック)がレンジャー使用義眼じゃなかったり。

実写映画版「攻殻機動隊」に登場する公安9課の写真がリーク 6 f:id:hiroki0412:20170520224242p:plain

※バトーの比較

実写版出典:実写映画版「攻殻機動隊」に登場する公安9課の写真がリーク|ギズモード・ジャパン

 

また、9課に少佐以外の女性メンバーがいたりもします。

 

2.莫大な製作費によるCGは一見の価値あり

攻殻の世界観は近未来SFとはいえ、電脳化、義体など実現していない技術に溢れています。ルパート・サンダース監督はもともと『攻殻』シリーズのファンのようで、本作は、CGを利用してそれらをうまく表現しています。

おそらく、人間以外のほぼすべてがCGでしょう。こういうのはハリウッドのお家芸ですね。

日本で実写化すると残念な感じ(もちろんハリウッドで実写化してもド〇ゴンボールのように残念な仕上がりになるものもあります)になることは目に見えていますが、これはやはりコンテンツファイナンスの仕組みが違うことが大きいと思います。

 日本の場合は、製作委員会方式により権利利用者を中心としたファンディングになりますが、ハリウッドの場合、純投資として外部投資家がファイナンスする仕組みが確立されているようです。それが、1作品にかけられる製作費の差として現れているのだと思います。

hiroki0412.hatenablog.com

 

3.まとめ-実写版は新たな「攻殻」として受容されるか?

本作については、2つの視点で感想を述べたいと思います。

それは①SF作品(単独作品)としてどうか?②「攻殻」シリーズしてどうか、です。

 

①SF作品としてはどうか

本作、SF作品としては申し分ないと思います。やはりCGをふんだんに使う実写SFは、製作予算の莫大なハリウッド映画の方が迫力があります。

トランスフォーマーとかもいいですよね。

攻殻」自体がアメリカでの評価を受けて、日本で再評価されたという経緯もあるからか細部の作りこみはしっかりなされています。 

 

②「攻殻」シリーズとしてはどうか

賛否両論あると思いますが、自分は攻殻」シリーズとしては不満が残りました

違和感が残ったところを思い起こしてみると↓のような内容かもしれません。

 

・最終的に善悪二元論で片づけてしまう点

攻殻」シリーズはどれをとっても、「高度に情報化した社会」における「現代でも変わらない政治的・経済的問題」がポイントになっています。

そこで重要なのは、「必ずしも悪が存在しない」という点だと思っています。

マンガ・アニメでは、何らかの事件を9課が究明した結果、首謀者が見つかっても必ずしも彼らの行動原因は悪意に満ちていなかったり、何らかの別の事象による被害者であったりします。つまり、それぞれの「正義」のもとに行動している者ばかりです。

9課は、それでも公安職員といて公務を執行しますが、視聴者としては「はたして何が正しいのか?」ということはなかなか判断しにくい問題ばかりです。

 

・「人間とは?魂とは?」という問いの弱さ

少佐の過去に秘密があることがわかり、全身義体となった経緯を探っていくことが本作の中心ストーリーとなりますが、あくまで「自分は何者か?」という問いに過ぎないという印象です。

その他「攻殻」シリーズで特徴的なのは、あくまでゴーストがある「人間」としての少佐とそうではない存在(意思を持ったAIなど)との対話を通して、総体として「人間を人間たらしめるものは何か?」を問います。

 

下記レビューがすべてを表現してくださっているので、共有したいと思います。

oriver.style

どうも本作は「電脳化」や「義体化」といったガジェットを使うことに終始し、本質的な部分が置き去りにされているように思います。

まさに、ゴーストのないロボットといったところでしょうか?

 

 この方は、実写化に伴い失われた要素を「曖昧な情感」と表現されていますが、私としては「曖昧な境界」と表現したいと思います。

つまり、「悪とは?善とは?」といった問題提起や、全身義体の少佐/AIが自我を持ち始めたタチコマ/記憶へのゴーストハックなどから「人間とロボットの境界は?」といった問題提起も含め、少佐と各事件の当事者のコミュニケーションを通して、二元的な概念に存在する非常に曖昧な境界を描き出すことが士郎攻殻/押尾攻殻/神山攻殻のすべてに通じるものだったと思います。

 

本作を「攻殻」として見るのか否か、これは作品の面白さとは別問題なのでぜひそれぞれの作品を見比べてみてほしいと思います。

 

 

 

 

 

 

攻殻機動隊 PERFECT BOOK 1995→2017

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【映画】-21 『夜は短し、歩けよ乙女』 森見作品で見る京都

※この記事は、映画の内容について若干のネタバレを含みます。ネタバレを好まない方は映画を見た後お読みください。

夜は短し歩けよ乙女』を見てきました。京都で大学生をしていた身としては、感慨深い作品です。

ちょうど同時期に京都に立ち寄ることができたので、登場する場所なんかも巡ってきました。

kurokaminootome.com

 

1.キャラクターはThe 森見ワールド

キャラクターは、他の森見作品同様、ファンタジーな要素をもったヘンなキャラばかりです。主要キャラは以下の通り(原作と設定が異なるため,参考サイトの表記を若干修正しました)。


■黒髪の乙女
天然キャラの女子大生。魅惑の大人世界に憧れて、夜の木屋街に繰り出すほどの好奇心の持ち主。他人には優しいが、とことんマイペース。底なしの酒量を誇る。「先輩」の想いには気づかず、待ち伏せはすべて奇遇だと思い込んでいる。得意技は、万能のおまじない「なむなむ!」と、母から授かった「おともだちパンチ」。
■先輩(私)
京都の某国立大学に通う、偏屈で妄想癖のある大学生。クラブの後輩「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せるが、思考ばかりが先走りがちで行動がともなわない。本人いわく「彼女という城の外堀を埋め続ける日々」。
■羽貫さん
鯨飲という言葉がもっともよく似合う、大酒飲みの美女。職業は歯科衛生士。得意技は、宴会にまぎれこんでタダ酒を飲むこと。酔っぱらうと人の顔を舐める。
■樋口さん
「天狗」を自称する正体不明の若い男。なぜかいつも浴衣を着ている。
地に足のつかない想像をすると宙に浮かぶという「樋口式飛行術」を会得している。
■古本市の神様
あらゆる本についての知識を持っていて、神をないがしろにした蒐集家の書庫から本をさらうといわれている。
かわいい外見に似合わず、少々性格が悪い。
■学園祭事務局長
男にしておくにはもったいないほどの美貌の持ち主で、趣味は女装。学園祭で起こる様々なトラブルへの対応に忙しい。
「先輩」の数少ない友人の一人で、彼が秘めた想いにも気づいており、ときにはからかい、ときには励ます。
■パンツ総番長
願いごとが叶うまでパンツを穿き替えないと誓った大学生。
歴代の記録を塗り替えて「パンツ総番長」の称号を手にした。
出典:カドカワ特設サイトを参考に若干修正

 

2.登場する京都の名所

ムーンウォーク

いきなり名所でも何でもないですが、「ムーンウォーク」は映画でも出ている通り安くカクテルが飲めるので大学生もよく通っているお店です。

木屋町に二店舗ありますが、どっちがモデルでしょうか…?

barmoonwalk.jp

下鴨神社(下鴨納涼古本まつり)

映画では古本まつりが描かれていましたが、下鴨神社は三角デルタを少し上がったところにあります。糺の森はとても落ち着くので、京都の神社・仏閣で一番お気に入りです。

www.shimogamo-jinja.or.jp

映画では触れられませんが、実は下鴨神社には縁結びの神様も祭られています(相生社)。

 

www.okeihan.net

古本まつりは、毎年8月中旬に開かれます。

 

3.まとめ-『四畳半神話体系』も見るべし

実際の京都のお店・名所を描きつつ、ストーリーはファンタジーなのは他の森見作品と変わらず素晴らしいです。

特に姉妹作の『四畳半神話体系』と同一・類似キャラも複数出てきます。

例えば、羽貫さん・樋口は四畳半でも同一のメインキャラとして登場しますし、巌窟王の劇で登場する劇団サークルの部長城ヶ崎も、『四畳半』では主要キャラの一人です。古本市の神様は、『四畳半』の小津としか思えないキャラとして描かれています。

 本作をご覧になった方は、是非『四畳半』も映像作品(テレビアニメ)で見ることをお勧めします。

『四畳半』は、Netflixで見ることができます。

www.netflix.com

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

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夜は短し歩けよ乙女Walker ウォーカームック

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四畳半神話大系 (角川文庫)

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たいした理由はないが滝に打たれてきた。

さる日曜日、「滝に打たれる」という非日常を体験してきたのでその経験を皆様に共有したい。

そもそもなぜ私は滝に打たれなければならなかったのか?

いまだに自分でも理解できていないが、かいつまんで経緯を記すと、

【昨年会社忘年会】

A先輩「B部長、滝行かれるらしいですね。僕一回行ってみたいんですよ、滝。」

B部長「じゃあ、今度行こうか。」

ぼく 「(まじかよ)」

【その後】

A先輩「ぼく君、C君、B部長と滝に行くことになったので予定を教えてください。

    ちなみに私は残念ながら予定が合いません。」

ぼく 「まじかよ。」

完全な巻き込まれ事故です。

まあ、この後の感想の通り、なかなか自分だけでは体験できないことを体験できたという点でよかったですが、どうもそれまでのプロセスに釈然としないものが残ります。

 

ここからが本論。今回の滝行は高尾山、蛇滝という場所。

f:id:hiroki0412:20170425214211j:image

残念ながら、滝周辺の写真はない。

なぜなら、想像以上にガチンコの修行場だったから。

 そもそもそういう感じなのすら聞いてねえよ…。

当初GWのはじめの予定でしたが、「人が多いのでやめよう」ということで前倒しに。

その時点で「ああ、普通の人も結構くるライトな感じか」と勝手に安堵してました。

ちなみに、公式HPの写真はこちら↓

 

f:id:hiroki0412:20170425220605p:plain

出典:水行道場 | 高尾山薬王院公式ホームページ

実際の瀧行の流れを簡単に書くと、

1.着替え

まず、↑の写真のような行衣に着替えます。

行衣は貸し出しがあります。ただし、下着は着替えを持って行ってください。

私は下着をもっていかずノーパンで滝行をするハメになりました。

2.読経

線香をあげ、まずは読経します。本院は真言宗とのことでして、般若心経等を唱えます。読経に先立ちB部長がおもむろに法螺貝笛を鳴らした時点ですでに置いてきぼりでした。

3.清掃

入滝前に滝周辺を掃除します。

この時点ではだしですが、山中での水作業は4月下旬でも堪えます。

夏場以外に行くのであれば覚悟してください.

4.身を清める

塩と水で事前に身を清めます。

順番があり、それぞれ右足→左足→右肩→左肩→頭です。

5.入滝

入滝時も右足→左足→右肩→左肩の順に入れたあと、最後に入ります。

この時、頭に直接当てず首元に充てるように注意を受けました。

↑の写真だと大したことないように見えますがかなりの水圧です。

もろに頭から受けると首を怪我しかねないのでご注意ください。

 その後滝に入り、

「南無清龍大権現!」

と唱えつつ,身を滝の水流に打たれます。

B部長がその間読経してくださってました。

6.着替え(終了)

着替えます。行衣は洗濯機で脱水して返却。 

 

 全体としてはこんな感じでした(細かいところが間違っているかもしれません)。

滝自体は、高尾山を少し登ったところですが、蛇滝の裏からも高尾山に登れます。

 

ちなみに、入滝料は1,000円ですが初めての方は指導料として3,000円かかります

初回の指導は原則必須のようなので、ご興味がある方は予約の上行ってみてください。

www.takaosan.or.jp

 

 

法螺貝 (ほらがい) 袋 大 茶

法螺貝 (ほらがい) 袋 大 茶

 

 

 

滝行―大自然の中、新しい自分と出会う

滝行―大自然の中、新しい自分と出会う

 

 

 

みんクレが行政処分を受けた件

某プロブロガーさんがまたもや炎上していると思ったら、みんなのクレジット(以下、『みんクレ』。)が行政処分を受けたとのこと。

クラウドファンディングの全体感については、以下の記事をご参照ください。

hiroki0412.hatenablog.com

 

 

 今回、行政処分を受けたみんクレは、貸付型のクラウドファンディングです。

この形式は、個人投資家から匿名組合形式で資金を集め、資金需要者に貸付を行うもの。

今回、処分の対象となったのは、「実際に募集された資金使途と異なる資金に充てられていた」点。

www.nikkei.com

株式会社みんなのクレジットに対する検査結果に基づく勧告について:証券取引等監視委員会

 

事案の、概要はSESCがまとめてくれています。

関係会社への横流しに加え社長の個人資金への流用とダブルパンチです

f:id:hiroki0412:20170326190325j:plain

出典:証券取引等監視委員会

 

 ストラクチャードファイナンス等においては、回収金とオリジネーター*1(ないしは回収する会社)の通常資金が混在してしまうリスクをコミングリングリスクとしてリスクヘッジします。

一次的な回収をオリジネーターに委託するにしても、回収後は信託銀行の信託口等に引き渡すようになっているのは、自己の資産との分別管理を行うためです。

みんクレないしは貸付型クラウドファンディング全体に通じて、言える問題が2つあります。

 

貸金業法との関係で投資先が不透明

これは本件とは直接関係ないですが、貸金業法との関係から投資家への情報開示が不十分であると言わざるを得ません。

貸金業法上、反復継続して貸付を行う場合、「業」として貸付を行っているとみなされ貸金業登録が必要となるようです。

しかし、個人に業法登録を強いるのは現実的ではありません。そこで現状は、匿名組合出資+資金需要者名非開示」という形式で乗り切っています。

その結果として、投資家からするとよくわからない先に投資している状態に陥っています。

 

②分別管理

こちらが今回問題になった点。

上述の通り、その他の金融商品の場合、各案件ごとに信託銀行に預り金(投資家の投資資金)を委託するなど、自社ないしは他案件の資金との分別は徹底しています。

しかし、貸付型クラウドファンディングを行っている企業はどこを見ても、自分たちで預り金を管理しているようで分別管理も自己責任のようです。

これは、コストをかけずに投資を行わんとするがための結果ではないでしょうか。

また、今回の資金流用は①の社名非開示の状態が一定程度助長したものだと考えています。

社名が開示できる状態であれば、架空の案件はそれほど簡単に作り出せないので、横流しも防げたかもしれません。仮に需要者の実名で資金を集め横流しを行ったとしても需要者の側も不審に思うはずです。

この件は、ある種、問題の可能性を認識しつつ放置していた監督庁の失策であると思います。

 

個人的には、クラウドファンディングというシステムそのものには期待しています。

銀行という組織は、規制が厳しくなり(トランプの登場で一次的に緩和されるかもしれませんが)取るべきリスクをとれる状況にはありません。

 

しかし、貸付型が今後コーポレートファイナンスの一角を担うには、

①情報開示により投資家がリスクを適切に判断できる状態を整備すること

②集められた資金が適切に需要者のもとへ届けられること

③デフォルト時の対応策を設定すること

あたりは、しっかり整備してほしいです。

③は今回検討しませんでしたが、多くの会社でデフォルトした債権のサービシングについて検討されていないように思います(「担保が設定されているから大丈夫」的な論調で、蓋を開けてみると第二抵当でしかないなんてこともあります)。

いまは、デフォルトが現実化していないのでよいのかもしれませんが、実際貸倒が起こった場合にリスクを投資家に負わせることができるのか…

 

 

*1:ストラクチャードファイナンスを実行する企業等

議論の必要性

雑記。

上司と今後の営業計画だとかFintechがどうだとか諸々を含めて1時間程度議論した。

 

そこで、ふとそういう時間の重要性と社会人になってからそういう時間が少なくなったなぁ、と。

 

社会人になると、正直学生よりも学習時間は多いように思う(職業にもよるかもしれない)。

 

しかし、1人で情報を収集するだけではそれを自分の中で消化するには物足りない。

覚えるだけなら、読む・書くで良いがそこから新たな価値を導き出すには他者との議論が必要。

 

スッキリした頭でそんなことをふと思った。

 

FinTechの衝撃

FinTechの衝撃

 

 

 

事業戦略策定ガイドブックー理論と事例で学ぶ戦略策定の技術ー

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【映画】-20 『虐殺器官』ゼロ年代の天才は何を遺したか?

※この記事は、映画の内容について若干のネタバレを含みます。ネタバレを好まない方は映画を見た後お読みください。

伊藤計劃三部作最後の作品『虐殺器官』がやっと公開されました。

project-itoh.com

 9.11以降、テロとの戦いを経験した先進諸国は、自由と引き換えに徹底的なセキュリティ管理体制に移行することを選択し、
その恐怖を一掃。一方で後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加。世界は大きく二分されつつあった。
ラヴィス・シェパード大尉率いるアメリカ情報軍特殊検索群i分遣隊は、暗殺を請け負う唯一の部隊。
戦闘に適した心理状態を維持するための医療措置として「感情適応調整」「痛覚マスキング」等を施し、更には暗殺対象の
心理チャートを読み込んで瞬時の対応を可能にする精鋭チームとして世界各地で紛争の首謀者暗殺ミッションに従事していた。
そんな中、浮かび上がる一人の名前。ジョン・ポール。
数々のミッションで暗殺対象リストに名前が掲載される謎のアメリカ人言語学者だ。
彼が訪れた国では必ず混沌の兆しが見られ、そして半年も待たずに内戦、大量虐殺が始まる。
そしてジョンは忽然と姿を消してしまう。彼が、世界各地で虐殺の種をばら撒いているのだとしたら…。
ラヴィスらは、ジョンが最後に目撃されたというプラハで潜入捜査を開始。
ジョンが接触したとされる元教え子ルツィアに近づき、彼の糸口を探ろうとする。
ルツィアからジョンの面影を聞くにつれ、次第にルツィアに惹かれていくクラヴィス
母国アメリカを敵に回し、追跡を逃れ続けている“虐殺の王”ジョン・ポールの目的は一体何なのか。
対峙の瞬間、クラヴィスはジョンから「虐殺を引き起こす器官」の真実を聞かされることになる。

出典:公式HP

 

1.伊藤計劃という作家について

伊藤計劃と言う作家は、『早逝の作家』『ゼロ年代注目のSF作家』として語られることが多いです。

伊藤氏は2009年34歳という若さで亡くなったこともあり、ごくわずかな作品群を残したのみでしたが、デビュー作『虐殺器官』が「小松左京賞」最終候補作に選出され、その後は「ゼロ年代SFベスト国内編」1位を獲得するなど、デビュー当時から注目を集めます。

SF文学界において、多くの有名作品が海外作家(ディックとか)によるものであり、日本人で傑出した人物が近年見られない中であったため、『ゼロ年代(00年代)のSF作家』として注目を集めました。

※自分はライトなSF好きなので細部はわかりません。

 詳細は、以下Wikipedia等ご参照

伊藤計劃 - Wikipedia

著者インタビュー:伊藤計劃先生

デビュー当時から、これほどに注目されていたにもかかわらず肺がんにより短い生涯を終えたことは、非常に悔やまれることです。

 

2.本作が他2作より遅れて公開となった理由

本作は、伊藤計劃氏の長編3作品(『虐殺器官』『ハーモニー』『死者の帝国』ただし、『死者の帝国』は、伊藤氏の遺稿を円城塔が完結させたもの。)の1作として映画製作開始。しかし、制作会社マングローブが倒産

他2作から1年以上遅れての公開となりました。

マングローブの他作品は、サムライチャンプルー戦国BASARA(ゲーム)のムービーなど…

animeanime.jp

 『シン・ゴジラ』や『君の名は。』の大ヒットで配給会社東宝が非常に好調な決算をたたき出す一方、現場の制作会社は苦しい現状が垣間見えます。

 

3.本作のメインテーマは?

 さて、本作の本質的なテーマは何かを考えると非常に難しいことに気づきました。

虐殺?9・11後の世界?それとも言語と意識?

前掲の著者インタビューにおいて、伊藤氏自身が語っているように彼のSF感を"テクノロジーと社会の関係"として見た場合、

・様々な個人認証/追跡技術⇔9・11後の監視社会

・痛覚マスキング/戦闘適応感情調整⇔内戦世界と平和な世界

といったテロ以後の技術及び社会変化が描かれていることがわかります。

 本作でキーになるのはやはり、いくつかのパラレルな設定です。

 

先ほど挙げた9・11ないしはサラエボでの核によるテロ以後の世界として設定されているテクノロジー及び社会構造を対立軸として整理し直します。

1つ目が、"社会"について、

個人認証/追跡技術の強化により、個人の自由を制限しながら平和を得た先進国社会

テロ以前と同じく個人に自由はあるが内戦により荒廃し、虐殺地獄と化した新興国社会

 まさに、「天国と地獄」という構造です。

ラヴィスらは、アメリカ人という設定であり、虐殺の首謀者と目されるジョンを追って内戦地域とアメリカを行き来します。

アメリカでは、ピザを食べながらアメフトを見るなんの不安もない生活。

内戦地域に潜入し、虐殺の真っただ中へ。

この二元的な社会構造がポイントです(分断された社会にも理由があるとわかります)。

また、クラヴィスのチームメンバーであるアレックスは「本当の地獄は頭の中にある」と言います。

この言葉は、冒頭で述べられますが非常に示唆的な言葉です。ある意味で著者の意図を示した言葉であると思います。

 

もう一つの対立軸は、

ラヴィスらが受ける痛覚マスキング/戦闘適応感情調整

ジョン・ポールにより誘引される虐殺の器官

です。

ラヴィスがジョンと対峙した際、どのようにジョンが虐殺を指揮しているかが明かされますが、これがクラヴィスらが作戦を実行する前に受ける感情調整と無関係でないことがわかります。

ジョンが以前はアメリカ政府の庇護のもと研究していた、という設定にも注目すべきかもしれません。

 

戦争と平和、自己と意識、争いの中交錯する事象を照らし合わせて見えてくるのは、

自身の信じているものすべてが作られたもの(フィクション)なのではないか?

ということです。

 

4.まとめ-映画と小説のエンディングの違いについて

最後に映画と小説のエンディングが異なることについてちょっとだけ付言しておきたいと思います。

映画では、小説のエンディングより若干手前で終わります

小説でいうエピローグ部分が描かれないわけですが、これがあるなしでかなり印象が違います。

 小説では、最終的に社会が混沌に陥って終わります(これはクラヴィスの行動によるものですが、これも意思によるものかというとまた微妙。)

対して、映画ではそこまで描かれませんので、クラヴィスが正義のまま終わったようにも見えますし、個人的憎悪を社会にぶつけたようにも解釈できます。

是非、映画と小説を比較していただきたいです。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

【映画】-19 『沈黙-サイレンス-』 信仰について改めて考える

※この記事は、映画の内容について若干のネタバレを含みます。ネタバレを好まない方は映画を見た後お読みください。

 

スコセッシ監督の『沈黙-サイレンス-』を見てきました。

遠藤周作さんの原作も好きですが、映画も素晴らしかったです。

chinmoku.jp

17世紀、江戸初期。幕府による激しいキリシタン弾圧下の長崎。日本で捕えられ棄教 (信仰を捨てる事)したとされる高名な宣教師フェレイラを追い、弟子のロドリゴとガルペは 日本人キチジローの手引きでマカオから長崎へと潜入する。

日本にたどりついた彼らは想像を絶する光景に驚愕しつつも、その中で弾圧を逃れた“隠れキリシタン”と呼ばれる日本人らと出会う。それも束の間、幕府の取締りは厳しさを増し、キチジローの裏切りにより遂にロドリゴらも囚われの身に。頑ななロドリゴに対し、長崎奉行井上筑後守は「お前のせいでキリシタンどもが苦しむのだ」と棄教を迫る。そして次々と犠牲になる人々―

守るべきは大いなる信念か、目の前の弱々しい命か。心に迷いが生じた事でわかった、強いと疑わなかった自分自身の弱さ。追い詰められた彼の決断とは―

出典:公式HP

 

なぜ苦痛がもたらされるのか?信仰を何のために守るのか?弱いことは悪なのか?

様々な答えのない問いを投げかけてくる作品です。

 

1.「宗教」=「文化」

そもそも、当時の日本ではなぜキリスト教信仰が禁止されていたのでしょうか?

 キリスト教弾圧と言えば、ローマ帝国のネロ帝を思い出します。

ローマ帝国によるキリスト教徒の迫害 - 聖書と歴史の学習館

ローマと江戸。時代は違えど、弾圧の大まかな理由は同じではないかと思います。

それは、「宗教=文化」であり、既存の文化を、ひいては文化を前提とした権力体制の維持のため、新たな価値観を排除する必要があったから、です。

 

oshiete.goo.ne.jp

本作では、特に、井上筑後守ロドリゴ神父が対話するシーンが印象的です。

領主たる井上は、ロドリゴに日本におけるキリスト教の位置づけについて語るシーンがあります。

もちろん、領主の口から権威の維持ということが直接的に説明されることはありませんが、「日本人の信じるキリスト教は君たちの思うものとは違う」と語る井上の好々爺然とした表情の裏には、開国後、列強に食い物にされつつある日本の為政者として既存の権力構造を守る意図が見え隠れします。

 

ところで、この日本人が信じるキリスト教については、「日本は沼だ。」フェレイラ師「日本人にキリスト教は理解できない。」というセリフがあります。

これは、キリスト教のデウスを絶対神・創造主と仰ぐ一神教」的世界観が、もともと自然すべてを信仰し八百万の神という多神教」的な思想が根強い日本ではうまく認識されなかったことを表現しています。

作中でも、フェレイラから「デウス=大日(太陽)」という誤解があるとの指摘もあり、この前提となる宗教的な価値観の違いが様々な対立のきっかけ担っているのではないでしょうか。

私は決して宗教学的なものや当時の歴史観に詳しいわけではないので、非常に興味深い別記事をご紹介しておきます。

www.france10.tv

 

2.宗教の必要性

先日も某若手女優さんが出家されましたね。

日本で最も信仰者の多い仏教は、形骸化が進んでいると言われ、以前の地位の復活を目指して新たな試みがいくつも始まっています。

news.nicovideo.jp

科学が世界を取り巻く以前の宗教は、「説明困難な事象」に説得的な説明を与えるための考え方でした。

病気や災害、あらゆる困難な事象が人間を取り巻くものの、多くは当時の世界では解明・解決されていないものでした。そこに宗教は、各思想にのっとり一貫した考え方を提供することで、「わからないということへの恐怖」を取り払う役目を担っていたのです。

現在では、科学が発達し、自然現象の多くは発生原因が論理的に説明されるようになりました。

宗教が担っていた「表現装置」としての役割は科学に取って代わられたのです。

結果として、現代の宗教が担う役割の大部分が、科学では表現しきれない部分、特に、死後の世界観にいったん集約されました。

 

一方で、宗教は現世での苦難に対する避難所的な役割を果たしているとも思います。

科学が席巻する世界・資本主義の社会では、ますます便利になっていくものの、息苦しさがまとわりついてくる感覚に苦しむ人たちが多くいます。

その反動として、別の価値観としての答えを求めて宗教家に悩みを聞いてもらう場というのも新たに生まれています。

vowz-bar.com

図らずも仏教の話題ばかりになりましたが、この「避難所」としての役割は、どの宗教でも変わらないでしょう。

やはり、人間には、ある程度の抽象性や創造性が必要であり、その役割を宗教は担っていくのだと思います。

 

3.日本人俳優も豪華、そして…

 

映画自体は、ハリウッド製作ですが日本人のキャストもかなり豪華です。

・キチジロー:窪塚洋介

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出典:公式HP

・通辞:浅野忠信

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出典:公式HP

・モニカ:小松奈々

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出典:公式HP

・ジュアン:加瀬亮

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出典:公式HP

おお、窪塚洋介が出てる…!あと、小松奈々ってハリウッドで知られてるのか!?とか色々考えるキャストですがそれより…

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出典:公式HP

本作メインの語り部であるロドリコ神父とともに日本に降り立つガルペ神父(アダム・ドライヴァー)です。なんかどっかで見たことあるなこの人…

johnie.hatenablog.com

カイロ・レンだ!!!(スターウォーズ7をまだ見ていない方すみません。)

スターウォーズではなかなかの腑抜けでしたが、本作では死地に飛び込む殉教者。

ロドリコ神父と比べると、若干心の弱さを見せますが…。

アダム・ドライヴァーさんは、スターウォーズでブレークしたようです。

 

4.まとめ:人はなぜ神を信じるのか?

私はそこまで信仰心があるわけではありませんが、お墓参りもしますし神頼みもします。

誰にでもある程度の信仰心はあると思います。

「神を信仰する」理由は、各人によって様々かもしれません。

私も「神の存在を信じるか?」と問われると悩ましいですし、作中のように信仰によって困難を受けるのであればすぐに信仰を捨てるでしょう。

私としては、「現世の説明困難な事象(苦難)に対する回答」を宗教(神)に求めるのであり、その宗教の信仰により苦難が降りかかるのであれば、本末転倒だと思います。

そういった意味で、隠れキリシタンの人々の強烈な信仰心は、非常に鮮烈に記憶に残りました。

 

※補足

非常に興味深かったのが、映画の全編を通して、ほぼ音楽な流れないことでした。

これはエンドロールまでそうで、その代わりを果たしたのが波の音や虫の声など自然の効果音です。そして、重要なシーンでは完全な沈黙が支配します。

まさに、タイトル通りであり感動しました。

 

沈黙 (新潮文庫)

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神は妄想である―宗教との決別

神は妄想である―宗教との決別